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2017.06.25

『やる気のない休みに…』


1週間の仕事を終えて迎える日曜日には色々な日曜日がある
本当に朝から晩まで忙しく身体がくたくたで迎える日曜日
精神的に色々あって心がくたくたで迎える日曜日
ヒマな日が続き経営的に追い込まれ心も精神もボロボロで迎える日曜日など
毎週どれかっていうわけではない。
どこもくたくたでボロボロでない日曜日も当然あるけど
やっぱり自営業、くたくたな日曜日は多い…

今朝は何の予定も何かやるぞ?っという気分ではなかったので、家のまわりに置いてある鳥の巣箱の周辺の茂った草木を片付け、それから2時間ゆっくりと鳥の鳴き声を聴きながらコーヒーを飲んでいました。

12時を迎える町のチャイムが鳴り響き、頭の中で『今日のお昼はどうしよう?』ってことに

なんにも予定のない日曜日のお昼は、ほかの家庭と同じで(僕の見解だけど…)夕飯のことも考えて冷蔵庫にある何かあり合わせで済ませるか
僕の場合は、仕事がら一人でランチに行くことが多い
日本料理の気分なら、お寿司の気分、フレンチ、イタリアン?
朝の気分で少し遠方でも出かける

そんな今日は、誕生日の夜から体調を崩して学校をずっと休んでいた娘がようやく元気になってきたのと、僕も料理を作るような気分ではなかったから…

12時のチャイムから数分で、2年前までオーナーをやらせてもらっていた、いまは足立夫妻に譲り二人が経営するウチからすぐの場所にある『キッチンえみゅー』さんに出かけることに決まりました。
それまで(この数ヶ月)えみゅーに行こうかな? って感情はなく
たまには…とか、そんな理由でもなく、急にキッチンえみゅーに行きたくなりました。

2013年、自分の生まれ育った町、佐久穂町に恩返しの思いも込めて、町の食材をふんだんに使ったアンテナレストランを開きました。
ちょうど今頃は、レストランの外観、内観はほとんど仕上がり、スタッフみんなでメニューの試作をしたり、食器が届いたり、新しいスタッフの研修をしていた時期でした。

僕の中では不安だらけで誰にも知られることなく、オープンしたヒロッシーニ開業の時よりも、夢にあふれていたヒロッシーナのオープンの方が、今でも忘れられず鮮明に覚えています

ヒロッシーナをやるか?やらないか?ギリギリ最後まで決まらなかったことがあります。
その理由は銀行の融資でも、僕自身の2店舗への不安でもなく、この人の決断待ちでした。
この人とは…足立の奥さんの勝恵(まさえ)です。
もう20年近く前からウチで飲む時、足立んちで飲む時など勝恵が必ず料理を振る舞ってくれました。
一流レストランの料理とかではないけど、普通の和食屋さん、中華料理、洋食屋さんのレベル以上で家庭料理だったら三つ星のシェフが作っても(気合いを入れられたら微妙だけど…笑)絶対敵わないレベルでしょう。
だから彼女にヒロッシーナの料理人として働いてほしかったのです。

オープンした頃は売り上げもあるしテンションも当然高い
勝恵の料理も伸び伸びしていて、僕の目には狂いはなかったと思っていました。

真冬を迎える頃には、人の動きも悪く当然売り上げも落ちます
バイトの人件費も考えなければいけないから、朝から晩まで勝恵が働き、原価率にもうるさくなりました…

よく書店に並んでいるビジネス書に書かれている『素晴らしい人材をヘッドハンティングしましたが…』
まさにそれになっていました。
素晴らしいアイディアを自由な時間に自由に考えてきた人材に
雇った以上、毎日毎日箱詰めでたくさんの仕事をさせ「何かアイディアはでないのか!でないのか?」とプレッシャーをかけ、追い詰め本来あるはずの能力も出せなくさせてしまう…
僕もそんなトップになっていました。
ことあるごとに原価率を言い、ほとんど毎日仕事帰りに寄っては『しょっぱい、甘い』などと注意をし、知らず知らずのうちに追い詰め圧力をかけているそんなトップになっていました。
そんな精神状態では美味しいものなど作れるわけはないのです。

もともと足立夫妻とは、ヒロッシーナをやるにあたって、軌道に乗せるまでの3年間は僕が経営をし、その後足立夫妻に譲る約束をしていましたが、経営の悪化やスタッフ不足などで結局2年で足立夫妻にお願いをすることとなりました。
時間が経った今だから話せる話です。

そんな久しぶりに行った今日
僕は昔と変わらず、気になるお惣菜を何品かと白州のハイボールを頼みました。ハイボールには、あの頃と変わらずミントとライムが入っていました。
夫妻二人になって、メニューや装飾だけでなく、店も二人の雰囲気も2年前とはだいぶ変わっていました。
その中でも、いちばん変わっていたのは、いつもいつも食べていたお惣菜の味でした。
口に入れた瞬間、香りをかいだ瞬間、ふとあの頃に戻ることって誰もがあると思います。

最初に食べた切り干し大根の味、チョットしょっぱかったけど、ずっとずっと昔、何かある度に作ってきてくれていた大好きだった勝恵の味でした。
涙が込み上げてくる味でした。
僕が作れなくさせてしまっていた味でした…
心の中で、この味がほしくて、この頃の時間に落ち着きたくて、だから今日急にえみゅーに行きたいと思ったのです。

久しぶりに何にもやる気の出ない休みだったので、朝のコーヒーとえみゅーの料理に本当に癒されました。

今日は精神的にくたくただけど、今日のうちに絶対ブログを書きたかったのは、25年来の付き合いの足立夫妻への敬意かな…

2017.06.18

『父の日とわらび…』


今日は父の日ということで、親父には、大好きなブレンデットウイスキーと僕の大好きなニッカウイスキーの『余市』をあげます。

親父にウイスキーをあげるのは、じつに27年ぶりです。
高校を卒業後、就職したホテルで初めてもらった給料で買ったウイスキー以来です。
誕生日には必ず何かをプレゼントしていますが、『父の日』に何かを!っというのは、たぶん人生で初めてだと思います…
男はマザコンだからか? 幾つになっても僕は母が大好きだから『母の日』には必ずプレゼントをしますが、やっぱり父の日は初めてな気がします。

そんな父は、投稿などで知っている人も多いと思いますが、わらび採りやキノコ採りが大好きです
僕は、わらび採りやキノコ採りは苦手ですが、わらびは全ての食材の中で一番に大好きです。
山菜はもちろん、モロッコインゲンなどの豆類やジャガイモ、カブ、春菊やハタやカサゴなどの魚や貝類、仔羊や豚肉も大好きですが、やっぱりわらびが一番です。
軽く見られがちなわらびですが、摘んでからからアク抜きをし、水にさらして、ようやく食べるまでに最低3日以上かかる!その手間とあのねっとりとした食感と風味の良さ、そしてアク抜きの時の熱い灰湯をかけた瞬間の色鮮やかな深緑は、たぶん僕が世界で一番大好きな食材の色なのです。

ヒロッシーニがオープンしてから11年、毎年毎年「こんなに使えきれないよ!」っと騒ぐくらいのわらびを父は採ってきてくれました。

「今度、ヒロシさんのお父さんとご一緒させてもらって、今年こそはキノコ採りや山菜採りに行って色々なことを教えてほしい」
っと同じ料理人の友達たちに食事に行く度に毎年毎年必ず言われています。

そんな12年目の今年、わらびは当たり前と思っていた今年、父はわらび採りに行きませんでした…
さすがに身体がしんどいらしく…
大好きなわらび採りをやめました…
だから、わらび採りには一度も行きませんでした…
昨年、このわらびが親父の採ってくる最後のわらびだなんて思ってもいなかったので、けっこうというよりかなり悲しくなりました。

色んな行事や会や節目など卒業や最後の日がわかっていることって多少はありますが、普段生きている中で『これが最後の日、最後の時』なんて考えることなどなく、そんなことをわからずに生きていることばかりで、時間が流れてから『あれが最後の日、最後の時だったんだ…』っと気づくことばかりです。だからものすごく悲しいのです。
それは東日本の震災のように大きすぎて辛すぎる悲しみもありますし、恋愛にだってそう思うことがあるし、生きていれば色々な場面でたくさんのそんな時があります。

だから、『父の日』ができる今日に感謝をして、気持ちのいい朝のうちに大好きなスコッチを持って実家に行ってきます。

2017.06.15

『またお客様を失うかな…』

『素敵で嬉しいことが
あったからあえて書きました…』

僕は食物アレルギーとかではないのに、「これは食べられない…あれは嫌い」とかいう
食べ物の好き嫌いがある人間が心底大嫌いです。
(理由にもよりますが)

レストランを経営して以上、経営存続に関わるタブーな発言ですが書きます。

理由の一つは
食材には一切の罪はありません
もともと みんな人間に食べられたくて生まれてきたわけでないのに(これは野菜に関しても)
勝手な人間の生きるために、いのちを落とされた上に「臭いだの、キモいだの、食感が…だの」
正直ホント腹立たしいくらいうるさいです!
僕らは色々な命をいただいて、こうやって生きているのです。
だから「いただきます」なのです。
だから、おばあちゃんたちが言う「米一粒も残しちゃいけないのです」
(これは戦後の食糧難からかもしれませんが)

もう一つの理由は、何でも普通に食べれるという当たり前のことが『とても幸せなことなんだ』ということがわからないレベルの人だからです…

6月10日は息子シエナの誕生日でした。
今年で16歳になりました。
知ってる人は多いと思いますが、シエナは生まれた時から、重度の小麦と卵の食物アレルギーを持っています。この成分を含んだ食べ物を食べるとアナフィラキシーショック(スズメバチに刺されまくった状態)になり、生死に関わるため救急車を呼ぶことになります。小さい頃は(岩村田の有名な某老舗和菓子屋さんのお菓子)や(全国でも有名な煎餅屋さんのせんべい)の成分表の書き間違えによって死にかけたことがあります。

だから、シエナが生まれてからの16年間、我が家には小麦と卵というものの存在はありません。
そのせいか、今年中学になる娘は卵の割り方ひとつ知りません…

我が家には普通のパンやケーキも一切存在しません…

クッキーやバームクーヘン、プリン、カップラーメン、ソーセージやハム、マヨネーズ、冷凍食品…あげ出すとキリがないくらい一般家庭にある食べ物は存在しません

外出していてお腹が空いてもコンビニは何の役にも立ちません…
「えっ!おにぎりがあるじゃん?」って思う方もいるかと思いますが成分表を見てください。ほとんどが食べられません…

子供が好きなお祭りや縁日にも行きません。テキ屋さんの食べものはまさに小麦 卵の極みだから、
たぶん本人は友達といっても、一人だけ見ているだけの辛い思いをするだけなので行きません…
それでも中学くらいから割り切って花火大会くらいは行ってます

当然、外食なんてウチではできません
ファミレスは成分表はありますが、たとえ大丈夫と言ってもマニュアルにそった対応のため断られます
個人店では「大丈夫ですよ」っと言ってはくださるけど、かえって対応に不安を感じる年配の方のお店は何かあったら怖いのでやめます…
一番多いのは…
「すいません、息子がアレルギーがあって」と下手の下手で言っても「あー、そういうお客さんはご遠慮いただいてて、すいませんね〜」ガチャ…と電話を切られたり、門前払いされます
最近ひどかったお店は、正月に初詣で息子と行った善光寺付近の有名な老舗うなぎ屋(Googleで検索1位2位のお店)は、まさに話し途中で勝手に電話を切られました…
その時息子は僕に「ごめんなさい」と何度も謝りました。本人は生まれてからずっと辛い思いをしているのに、僕のせいでっと謝っていました
その時の息子の顔は一生忘れません…

イタリア料理店の息子なのに、ウチの料理を食べたことはありません…

僕は料理人のくせに…
たぶんパン屋さんには5年くらい
ケーキ屋さんには3年くらい行ってません…
(行ったのも仕事の用事で?)

素敵なパン屋さんやかわいらしいケーキ屋さんは無しとしても、スーパーやコンビニのパンやケーキすら、我が家の玄関を通過したことはありません。

我が家のパンやケーキは基本優子さんが焼きます。
もちろん小麦、卵は使わない
それでも美味しさには限界があり、誕生日などはシャトレーゼや31のアイスケーキ 小麦、卵を使わないケーキを買ってきますが、贅沢は言えない立場ですが、やっぱり記念日は手作りと思ってしまいます

そんな今日、友人の津金舞子ちゃんがシエナに小麦と卵を使わないバースデーケーキを焼いてくれました。
彼女もシエナとシエナ以上の食物アレルギーを持っています。だから、すごい勉強をして素晴らしい技術と本当に親身になって焼いてくれます。
親の立場だけでなく、料理人としても尊敬します

写真のケーキがそれです
見た目も素晴らしいけど、とても柔らかく(米粉はどうしても切れないくらい餅のようになってしまいます…)そして、それ以上に本当に美味しいのです
舞子ちゃん本当にありがとうございました。

昨年の暮れ、SOCCAの岩﨑シェフがシエナにケーキを焼いてくれました。3月に息子の高校の合格祝いに舞子さんがお祝いのケーキを焼いてくれました。そして今回のこのケーキ、この16年間で我が家のダイニングに並んだケーキはこの3つだけです

ヒロッシーニはディナーに来店されると、必ず「アレルギーや苦手な食材はありますか?」っと聞きます。
これを読むと好き嫌いの多い人は言いづらくなるでしょう。それ以上に来なくなると思います
それでもお店はお客様に満足して帰っていただくことが仕事ですから言ってください。
きちんと料理は作らせていただきます。

それ以上にたぶん、このブログを読んで、また地元のお客様をおもいっきり減らしたはずです…

このブログは、うまく書けば素敵な話になったと思います
たぶん刺々しく、イラっとした人がだいたいだと思います。 それでも何でも食べられることは、当たり前だけど幸せなことなんだと感じてほしいのです。
好き嫌いの多いお子さんを持つ親御さん、そしてそれなりの大人の方にはわかってほしいのです。

「好き嫌いは個人の自由だろ!」って思われた方、争うつもりで書いてませんので来店されなければいいだけなのでご遠慮ください

もしよかったら一週間小麦と卵を使った食べ物を一切口にしない生活をしてみてください。
パンや麺類だけでなく、色々な製品の成分表を見てください
たぶん、一週間生活できないと思います。

当然、僕のお店はパスタが主体なので来れませんし、僕がそれをやったら経営は成り立ちませんが

息子が一番辛いとは思っていません
世の中には、食物アレルギーよりも、もっと深刻で大変な病気と闘っている人がたくさんいます。
チカラにはなれないかもしれないけど、その大変さや辛さに寄り添える人間、その辛さや大変さを日々理解する努力だけは怠らないようにしていきたいものです。

そんな息子は今朝も舞子さんのロールケーキをしっかり食べて学校に出かけました。     シェフ