ブログ
2018.08.28

『移転します!』

一年くらい前から、これまでの私の経験や技術を見てくださり、私をシェフという立場として、またホテルの料理長という立場で迎えたいというお話を、いくつか頂いていました。

6月の終わり、色々な理由が重なり、ヒロッシーニの閉店を決意し、7月5日ブログを通じて発表をしました。

閉店後、自分のこれから先を考える中で、正直、自分に声をかけてくださっている どなたかに『お誘いをいただいた以上』微力ながらも自分の持っているチカラを全て出し切る覚悟で働かせて頂く決意をしていました

ただ、心のどこかで違う地に移り、例えば、優子さんの実家のある大阪や大好きな京都、またはワイン王国、山梨県でお店を出せたらと、少しだけ考えている自分もいました

正直、この佐久周辺でお店を出すという気持ちは、僕の中ではありませんでした…

7月5日、早朝5時に『閉店します』の投稿をしたその日のランチは、オープン前から心配してくださるお客様が来店され、普段通りのお客様と重なり満席にはなりましたが、いつものような活気が溢れるヒロッシーニではありませんでした…

閉店を知って泣いて食事にならないお客様、ただ呆然としているお客様、理由を一生懸命聞いてこられるお客様、ただただ無言のお客様、そんなお客様でいっぱいのランチでした…

そして、そんな日が何日も続きました…

幸せな時間を作るレストランとしては失格の何日間でした…

閉店の旨を皆様にお伝えしてからの、この2か月間という時間は…

オープンから12年、初めて自分という人間が、『この社会に存在しているんだ』と感じさせてくれた時間でした

毎日たくさんのお客様に、表現は様々ですが「閉店でなく移転をしてほしい」というお気持ちを聞く毎日、そんな2か月間でした…

重ねて『ヒロッシーニの閉店』を機に、色々な方が食事を兼ねて訪ねてきてくださいました

皆さん、決まって食事を終えた頃「よかったらシェフも一緒に飲みませんか?」と声をかけていただき、今の思いを聞いていただきました。

そんな話の中から、いくつか僕の心に残っている言葉を…

飲食の先輩から

「ここまで惜しまれると、やめなきゃよかったって本当は思ってない?

でも前に進みたいって思ったから閉める決意をしたんだろ!

だったら、一日も早く前に進まなきゃ!」

ある会社の社長さん

「シェフの決意なんて、お客様の声で簡単に変わるよ! 結局、僕らはお客様に支えられて生きているんだよ、そんなことは前からわかってるでしょ!本当は…」

常連のお客様

「ヒロシさんの生きたいように生きなよ!本当のお客さんは、どこに行ったって通うから、ヒロシさんが伸び伸び生きてないと美味しい料理は作れないよ」

飲食の友達

「ヒロシさんはオーナーシェフでしか、もうやれない人間なんだから、いちいちまわりを振り回してなんかいないで、早く次の店を探しな!」

60過ぎの女性のお客様から

「今まで色々大変なことがあったけど、人生で初めて一睡もできなかったのは今日が初めて…」

20代の女性のお客様

「私が毎日、いくら使えば閉店しなくて済みますか?」

息子 シエナ

閉店投稿の朝

僕「お店閉めることにしたよ…」

シエナ「そうなんだ…」

娘 りおん

「どうせパパのことだから、何か新しいことやるんでしょ…w」

そんな声を毎日聞いていて…

本当は、もう1カ月以上前から自分の中で答えは出ていました…

本当にご報告が遅くなり、大変ご心配をおかけしました。

ヒロッシーニは、たぶん名前を変えますが、この地で新たな場所で、少しだけ違うスタイルになりますがお店をもう一度始めます。これは決定です!

本来なら

移転先が決まり→それから閉店というのが常識ですが、本当に移転を考えていなかったので、いま必死で動いています…

佐久平駅前の『ヒロッシーニ』は、やっぱり佐久平駅前にある『ヒロッシーニ』で終わりにします

あの階段を登って入る感じ、あの壁の色やカウンターの雰囲気、イタリア料理店らしい色調や香り、音、料理、サービス、色々な要素と長い時間が作りだした『あの空間』だけが、僕にとってのヒロッシーニなんです

だから、やっぱりヒロッシーニというお店は、年内をもって幕を閉じるのです

ヒロッシーニは無くなっても、僕はオーナーシェフとして料理を続けていきます

僕は、日々通ってくださる、たくさんのお客様の声に心を動かされ、この地で、もう一度お店を持つ勇気と決意をいただきました。

もう揺らぐことはありません。ご心配をしている皆様、どうか安心をして下さいい。

写真は…

『北斗の拳』の原作者 武論尊さんです

いま佐久市で話題のラッピングバスや『武論尊100時間漫画塾』の講師で

(僕らの少年時代、誰もがハマった週間少年ジャンプ、来週月曜日が本当待ち遠しかった、あの『北斗の拳』の原作者です)

閉店を決めた数日後、友達のお店で飲んでいると、武論尊さんが一人でやってきました

僕ともう一人の友達も気づき、お店の人に紹介され、カウンターの真ん中に挟むように座っていただき、お酒をご一緒させていただきました!

僕らの話す内容は、もちろん北斗の拳で育った中学時代の話し、色々なキャラクターの話しやストーリー、名シーンなど、「僕はやっぱり、サウザーやシュウの頃が一番好きだった」など…

友達と盛り上がりました

友達は先に帰り、それから光栄にも武論尊さんと2時間近く、サシで飲ませていただきました

武論尊さんが僕の仕事を聞いてくださり、閉店することも伝え、色々な話しをしている中で…

「私はどこに行っても、北斗の拳の話しばかりで、…あれから30年以上、あれからも色々な漫画を書いている、昔の話しばかりしていても正直つまらない、もう70を過ぎたけど、今も漫画を作っている

私は今も漫画家として生きている

君も、閉店のことを色々話すよりも、新しいお店や新しい料理の話しをしている方が気持ちがいいだろう

だから、いつも未来(先)の話しをしていこう、お互いにね…」っと

最後に話してくださいました。

一生現役の人を初めて見た気がしました

武論尊先生、ありがとうございました

先生には、「新しいことが見つかったら先生の名前と写真を出してブログ投稿してもいいですか?」っと聞き、「いいよ」と約束をいただきました

先生、発表の日です

あの夜は本当に楽しいお酒をごちそう様でした。また本当にありがとうございました。

重ねて、新しい物件に関し、色々動いていただいている不動産の方、建設会社の方、お客様や本当にたくさんの方にも感謝しております

引き続き、ご面倒をおかけしますが、よろしくお願いいたします

この世界に、存在させてくださった方々に感謝とともに幸がありますように

ーシェフー

2018.08.23

『ふみの日…』

『ふみの日…』
僕は料理人になって29年、1月7日の七草がゆを作らなかった年は一度もありません
高校を卒業して働きだしたホテルの朝食で、1月7日に七草がゆを出していたおかげというのもありますし、もう亡くなられてしまいましたが、ホテル時代、いちばんかわいがってくださった上司が日本の食文化、節句を大切にしていた方だったので、その影響もあると思っています
だから、イタリア料理店が「七草がゆ」を…?っとそんな風に思う方もいるかと思いますが、僕はイタリア料理とかフランス料理とかの前に、その方からの影響もありますが、純粋に日本の節句や風習が好きです。
元日の朝、若水を汲みに行き、神棚に供え、無病息災を願いながら雑煮やお茶を入れる
1月7日に七草がゆを作り、家族みんなで揃って食べる
2月3日の節分や桃の節句、端午の節句、七夕やお盆、お月見や七五三、お年取りなど…挙げればキリがないのですが、これからも『食と節句、風習、文化』を大切にしていきたいと思っています

一昨日火曜日は、日曜日の振替えでお休みをいただきました
午前中は、佐久平駅にあるfmさくだいらで、月に一度のラジオ番組の日
先月、先々月はラジオの時間に色々が重なり、タカシマに急遽、ラジオに出てもらっていましたが、今回は休みだったこと、そして、ヒロッシーニの閉店の話しも、きちんとしなければいけないと思い、これまでの経緯などをラジオを通じて話させていただきました。

そして、午後は…
ヒロッシーニの閉店後、この店舗を居抜きとして引き継いでくださる方と契約書などの作成も含めた2回目の打ち合わせをしました。
今回の話の中で、まだはっきりせず曖昧になっていた『ヒロッシーニ閉店の日』がきちんと決まりました
閉店は、やはり当初の予定通り、年内いっぱい、週刊さくだいらの広告記事では、まだ先の見通しがつかなかったことや早まった場合を考え『この秋』とお伝えしていましたが、やはり、12年間という長い時間と、その時間を支えてくださった方々に対し、きちんとお礼をお伝えする時間、これからの準備をする時間、そして、料理人生の節目となる以上、やはり一年の節目となる12月31日を閉店の日と決めました

話は少し変わり…
7月5日の閉店の投稿から1ヶ月が経った頃…
ネットの時代と言われながらも、また週刊さくだいらの特別版の1000号記念の広告記事に掲載してみたものの、閉店のことを知らないお客様がまだまだいました…
普通にご来店をされ、お店で知るといった方が大変多く、ある意味ネット社会のお客様が少ないことに、お店としては安心をしていますが、それだけ知らない方がいるということは、なんらかの形でお伝えしなければと思い
それ以上に、やはり楽しい食事をという気持ちで来店されたにもかかわらず、お店の閉店を知るというのは、気分的に嫌なものです
そんなところから…

先月、7月23日の朝のニュースで、今日は『ふみの日』というニュースを見ました!
ふみの日とは…日本郵政省が1979年に制定した7月23日の記念日で、主旨は「手紙の楽しさ、手紙を受け取るうれしさを通じて文字文化を継承する一助となるようにというもので、旧暦7月の文月という別称でよんでいたこと、そして23日は「ふみ」に語呂合わせをし、記念の切手も発売されます

最初は、そのニュースを見て、『手紙の楽しさや受け取るうれしさ』からは、大変かけ離れますが、お世話になった方にきちんと手紙を書こうと思い、記念切手を購入し書き始めていましたが、先に書いた、ヒロッシーニの閉店をまだ知らない方に対しても、お知らせという意味で、500枚近い数の葉書を書かせていただき、今日23日(ふみの日)に合わせポストに投函してきました

この500枚近い葉書は…
今まで年賀状を書かせていただいていたお客様やお節を買ってくださっていたお客様、他にもご住所を伺っていたお客様などです

葉書の中には、記念切手が足りず違う切手の方もいます
また、7月5日以降で、わざわざご来店してくださった方でお話ができたお客様や、『今後のことをお知らせ』という意味で新しく住所を書いてくださったお客様にもお葉書はお出ししていません
他にも、住所がわからないお客様や引っ越された方にもお出しできていませんがご理解ください

お葉書が届き、ご来店されるようなことがありましたら、一声かけていただけると幸いです

『ふみの日』
手紙を書く楽しさ、受け取るうれしさを通じて文字文化を継承する一助となるように…

節句とはまた違いますが、23日(ふみの日)は僕の中で『筆をとる』という大切にしたい風習であり文化にしていきたいものです
ーシェフー

2018.08.17

『地球聖歌』

個人的な投稿ですいません…

仕事を終えて家に帰ると
玄関に人影が…!
泥棒かやばい人かと思ったが
よくよく近くづいて見ると娘だった
娘は、椅子に座り
いま話題のペルセウス座流星群を
ずっと見ていた
もう何時間も見ているらしい
すでに
すごい数の流れ星を見たらしい…!

ウチは佐久穂町の山あいに
ポツンとある家で
まわりをカラマツ林で囲まれているため
夜空がとても幻想的に見える

せっかくだから
僕も椅子を持ちだし
ウイスキーを飲みながら
娘と二人で流れ星を探しながら
ずっと星空を眺めている

たくさんの流れ星が見える
その中でも
カラマツ林のシルエットに
流れ星が消えていく様は
本当に神秘的で
二人で見つけると大騒ぎ
星空の話だけでなく
今日はいつもと違った話ができる

娘はまだ中学2年生だけど
小さい頃から
とてもロマンティストだ!
だから…
二人でずっと星空を眺めていられる

夏の虫の声が心地よい
たまに目の前にくる蛾に
大騒ぎしている娘が愛おしい
あの暑さがウソのような肌寒い夜
途中で毛布を取りに行き
毛布にくるまる娘がかわいい

二人で『地球聖歌』を聴きながら
まだまだ星空を眺めている

この時間が永遠に続いてほしいと
初めて思った夜

毎日、仕事に追われているんだと
実感する
実感する時って仕事をしている時でなく

こんな素敵な時間を
過ごしている時なんだと
娘のおかげで気づかされた

娘は流星群がピークの3時頃まで
見ているらしい…笑

娘が言うには
シエナは(高校2年の息子)
ここ数日毎日3時に起きて
流星群を眺めているらしい

おかげ様で
ロマンティストな家族に恵まれている

うまく表現できないけど
そんなお店をやりたかったなっと
ふと思い、少し後悔した…。

さっき外に出たら
娘は僕の車で眠っていた…