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2018.10.16

『移転の可能性は無くなりました…』

『移転の可能性は無くなりました…』

『移転先ありきで閉店すると
思っていた方もいるとは思いますが…』

この数週間の間に来てくださったお客様には、ネットでは書けない内情をお伝えしましたが…聞いてくださったお客様には感謝しております

閉店をお伝えして、約3か月の間、移転先をずっと探してきました。
色々な方のお力添えで40件近い物件を紹介され、その中から現実的にできそうな佐久、小諸、御代田にある物件20件近くを不動産の方と一緒に現場まで足を運び見させていただきました
そして、賃料、お店の大きさ、駐車場の台数などから『ここでやりたい』 そう感じた8件の物件が見つかり(居抜き物件も含む)その度に設計士さんと現場に行き図面を作成していただき、それを元に建設屋さん、厨房業者の方に見積もりを作っていただき、10年先まで健全にお店をやっていけるかどうかの、決して融資を受けるためだけでない、しっかりとした開業計画書を書き、その都度、商工会の融資担当の指導員の方に相談し、それでも経営をしていくには厳しいという結果がでれば、また新たな物件の開業計画書を書き、それを繰り返し、ようやく金融機関の面談を受けましたが融資されない物件もありました。もちろん融資可能な物件もありましたが、突然の先方の諸事情でお借りすることができなくなったりと…それがいまの現状です

9月15日現在、移転先は見つかっていません
また検討できる移転先もさすがに、もうありません…
飲食に携わっている方、不動産の方や厨房業者の方なら、理解できると思いますが、物件が見つかり図面をおこし、各業者さんに見積もりを出していただき、その見積もり、開業計画書、その他たくさんの書類を集め融資の申請をします
それから審査などを受け、実際に融資されるまでに、最低3か月はかかります
もう現実的に不可能な状況です

お客様には期待をさせてしまいましたが、これが現状です
ヒロッシーニ閉店後の移転は、ほぼ無くなりました
期待を裏切るような結果となり、本当に申し訳ありません

とりあえず、今焦って物件を探すことより、どこかで働かせていただきながら、ヒロッシーニの物件のオーナーさんのような方に巡り会えることに期待を寄せ、いつの話になるかはわかりませんが移転できればと思っています

そんな現状を知って、どこか紹介できる物件がありましたら、ぜひともご紹介をお願い致します
(佐久平周辺のいくつかの居抜き物件は見ています)

ヒロッシーニの移転は無くなり、年内で本当に終わります。
7月の移転のお知らせから、心配で何十回もご来店してくださっているお客様方
福岡、大阪、京都、名古屋、東京、Facebookで閉店を見てと、わざわざお店を目的にご来店してくださったお客様
行ったことがないから、閉店までには、一度はとお起こしくださったお客様、
閉店後の移転先を知りたくて、住所を書きに来てくださってくれているお客様
変わらず、いつも通りの常連のお客様
本当に感謝しておりますし、何かあったら皆さまには、必ずご連絡をさせていただきます
本当に不甲斐ない結果で申し訳ありません

閉店まで2か月半を切りました
最後に、思い出に残る料理になるようしっかりと作りたいと思います ーシェフー

2018.10.06

『移転決定!取り消しのお知らせ』

8月のはじめ、図面の物件と出会い
この2カ月の間、設計士さんをはじめ、大家さん、不動産の方、建設屋さん、厨房屋さん、他にも色々な方のお力添えをいただき、新店舗(移転)に向けて動いてきました

10月3日、お店はお休みをいただき、金融機関に借り入れの面談に行ってきました
結果から言いますと、色々な理由が重なり借り入れはできないことになりました。
というわけで、この2カ月の間、移転に向けて動いてきましたが、このお話は、いったん白紙となりました。
まだ、はっきりとしない中、色々な方にお伝えしたため、かえって これから混乱させてしまうことをお詫び致します

また快く「使ってください」と言ってくださった大家さん、急に見つけた物件を時間がないという、私の勝手な事情から融資見積もりのため、色々な仕事を抱えながらも、お盆も休まず、図面を書いてくださった設計士さん、融資に向け残業に残業を重ね、見積もりをご用意してくださった建設屋さんと厨房屋さん、そして他にも色々ご協力いただいた皆様、本当に申し訳ございませんでした。

先日、ヒロッシーニを居抜き物件として買ってくださる方とも、無事に売買契約を済ませ、私は 12月30日付でこの店舗を退去致します

13年という、ヒロッシーニの長い時間も残り3カ月を切りました…
先ずは、この2カ月の間、他にもいただていた物件のお話を、もう一度検討しながら慎重にこの先を考えたいと思っています
残りわずかとなりますが、皆様今後ともよろしくお願い致します ーシェフー

2018.09.13

『新店舗で一緒に働いてくれるスタッフ募集』

移転先が一応決まりました

一応というのは、決して、じらしているわけではなく、先月から、設計士さんと打ち合わせに打ち合わせを重ね、新店舗の図面を描いていただいています

その時間をかけて描いていただいた図面を、来週あたりから、建設工事をお願いする建設屋さんや厨房設備をお願いする厨房屋さんに見積もりを出していただきます。

そして、それを持って金融機関に行き面接を受け、3週間くらいの審査を受け、審査が通れば借り入れができ、晴れて物件のオーナーさんと契約を結ぶことができます

なので、場所は決まっても発表はなかなかできないのです…

ここまでで最低3カ月近くかかります…

それから、ようやく工事着工となります

そんな流れがあって、まだはっきりと移転先を言えません

最悪、借り入れ申請が通らなければ、働きに出ます…

そうならないよう、今は慎重に図面を通し、内装、設備、厨房機器など抑えられるところは抑え、打ち合わせを重ねています

『料理人募集』

就職の際の面接会話の中で、よく耳にする『御社の経営理念に〜』などという言葉、聞きなれすぎなくらい、よく聞く言葉ですが、僕は大好きです

大好きというよりも、経営者である以上言われたい言葉と言った方が正しいかもしれません。

そんな気持ちで、いつも仕事をしながらスタッフを募集していますが、僕だけでなく、たった2人でやっている小さなお店の社長さんでも、従業員100人の会社の社長さんでも、それが大企業でも…

そこの社長(経営者)にとって、「あなたの元で働きたい」と強く思ってくれる人と社長は一番働きたく、そして、一番働いてほしい人材なんだと僕は思っています

ただ、ウチは先にも書いたように5人程度で切り盛りしている小さな無名のレストランです

「あなたの元で働きたい!」なんて気持ちは持たれなくて当然だと思っています。

だから、僕のお店で一緒に学び、働いてくれる方の条件をいくつか書かせていただきます

①食べることが大好き

②料理を作ることは、もっと大好き

③料理を食べてもらうことは、それ以上に大好き

④接客が大好き、または興味がある

⑤人と話すことが大好き

⑥素直で正直に生きている、または生きたいと思っている

そして、私が一番大切に思っていることは…

⑦『自分のために、自分の人生をより豊かにするために仕事ができる、または仕事をしたい』

そんな料理スタッフを募集します

上記に書いたことが、私の中で技術よりも経験年数よりも、飲食、接客業において一番大切なことと思っています

なので、初心者の方でも見習いの方でも大歓迎ですが、感情のない方、人に興味がない方、受動態の方、生活のため、とりあえず働いてみる、などという気持ちの方は、たぶん、すぐに辞めていただきますので、ご了承ください

また、当店は『料理人は料理を作っていればいい』というお店ではありません

1日の流れの中でサービス、接客を普通にやってもらいます

お客様を見て、お客様の顔色を見て、お客様とお話しをして、お客様に寄り添って、はじめてお客様にお出しできる料理であり、それがお金を頂くレストランの料理だと強く思っています

次の新店では、僕も料理を運びますし、当然、料理の説明やお話しもします。ワインも開けますし、ワインサービスもします

そんな、新店舗で一緒に働いてくれる料理人を募集します

僕という『人間』に早く慣れるため、またヒロッシーニのスタッフやヒロッシーニの仕事にも早く慣れてもらいたく、慣れない新店舗からではなく、スムーズなオペレーションができている、現ヒロッシーニから働いてもらうのが一番いい形かと思っています

接客サービス希望で、料理補助の方でも構いません。料理説明をしっかりできるサービスは、お客様が安心しますから

また、3〜5年くらいで独立開業を目指している料理人でも構いません

将来、独立を夢見ている料理人は、仕事に対する覚悟、吸収しようとするチカラ、学ぼうという意識、全てにおいて違います

上記に書いた条件と重なる方でしたら、楽しみにお待ちしています

スタッフ募集でさえ、これだけの長文を書く自分です

そんな、変わった私の元で一緒に働いてくれる、未来のあなたと早く出会いたいものです

ーオーナーシェフー

2018.08.28

『移転します!』

一年くらい前から、これまでの私の経験や技術を見てくださり、私をシェフという立場として、またホテルの料理長という立場で迎えたいというお話を、いくつか頂いていました。

6月の終わり、色々な理由が重なり、ヒロッシーニの閉店を決意し、7月5日ブログを通じて発表をしました。

閉店後、自分のこれから先を考える中で、正直、自分に声をかけてくださっている どなたかに『お誘いをいただいた以上』微力ながらも自分の持っているチカラを全て出し切る覚悟で働かせて頂く決意をしていました

ただ、心のどこかで違う地に移り、例えば、優子さんの実家のある大阪や大好きな京都、またはワイン王国、山梨県でお店を出せたらと、少しだけ考えている自分もいました

正直、この佐久周辺でお店を出すという気持ちは、僕の中ではありませんでした…

7月5日、早朝5時に『閉店します』の投稿をしたその日のランチは、オープン前から心配してくださるお客様が来店され、普段通りのお客様と重なり満席にはなりましたが、いつものような活気が溢れるヒロッシーニではありませんでした…

閉店を知って泣いて食事にならないお客様、ただ呆然としているお客様、理由を一生懸命聞いてこられるお客様、ただただ無言のお客様、そんなお客様でいっぱいのランチでした…

そして、そんな日が何日も続きました…

幸せな時間を作るレストランとしては失格の何日間でした…

閉店の旨を皆様にお伝えしてからの、この2か月間という時間は…

オープンから12年、初めて自分という人間が、『この社会に存在しているんだ』と感じさせてくれた時間でした

毎日たくさんのお客様に、表現は様々ですが「閉店でなく移転をしてほしい」というお気持ちを聞く毎日、そんな2か月間でした…

重ねて『ヒロッシーニの閉店』を機に、色々な方が食事を兼ねて訪ねてきてくださいました

皆さん、決まって食事を終えた頃「よかったらシェフも一緒に飲みませんか?」と声をかけていただき、今の思いを聞いていただきました。

そんな話の中から、いくつか僕の心に残っている言葉を…

飲食の先輩から

「ここまで惜しまれると、やめなきゃよかったって本当は思ってない?

でも前に進みたいって思ったから閉める決意をしたんだろ!

だったら、一日も早く前に進まなきゃ!」

ある会社の社長さん

「シェフの決意なんて、お客様の声で簡単に変わるよ! 結局、僕らはお客様に支えられて生きているんだよ、そんなことは前からわかってるでしょ!本当は…」

常連のお客様

「ヒロシさんの生きたいように生きなよ!本当のお客さんは、どこに行ったって通うから、ヒロシさんが伸び伸び生きてないと美味しい料理は作れないよ」

飲食の友達

「ヒロシさんはオーナーシェフでしか、もうやれない人間なんだから、いちいちまわりを振り回してなんかいないで、早く次の店を探しな!」

60過ぎの女性のお客様から

「今まで色々大変なことがあったけど、人生で初めて一睡もできなかったのは今日が初めて…」

20代の女性のお客様

「私が毎日、いくら使えば閉店しなくて済みますか?」

息子 シエナ

閉店投稿の朝

僕「お店閉めることにしたよ…」

シエナ「そうなんだ…」

娘 りおん

「どうせパパのことだから、何か新しいことやるんでしょ…w」

そんな声を毎日聞いていて…

本当は、もう1カ月以上前から自分の中で答えは出ていました…

本当にご報告が遅くなり、大変ご心配をおかけしました。

ヒロッシーニは、たぶん名前を変えますが、この地で新たな場所で、少しだけ違うスタイルになりますがお店をもう一度始めます。これは決定です!

本来なら

移転先が決まり→それから閉店というのが常識ですが、本当に移転を考えていなかったので、いま必死で動いています…

佐久平駅前の『ヒロッシーニ』は、やっぱり佐久平駅前にある『ヒロッシーニ』で終わりにします

あの階段を登って入る感じ、あの壁の色やカウンターの雰囲気、イタリア料理店らしい色調や香り、音、料理、サービス、色々な要素と長い時間が作りだした『あの空間』だけが、僕にとってのヒロッシーニなんです

だから、やっぱりヒロッシーニというお店は、年内をもって幕を閉じるのです

ヒロッシーニは無くなっても、僕はオーナーシェフとして料理を続けていきます

僕は、日々通ってくださる、たくさんのお客様の声に心を動かされ、この地で、もう一度お店を持つ勇気と決意をいただきました。

もう揺らぐことはありません。ご心配をしている皆様、どうか安心をして下さいい。

写真は…

『北斗の拳』の原作者 武論尊さんです

いま佐久市で話題のラッピングバスや『武論尊100時間漫画塾』の講師で

(僕らの少年時代、誰もがハマった週間少年ジャンプ、来週月曜日が本当待ち遠しかった、あの『北斗の拳』の原作者です)

閉店を決めた数日後、友達のお店で飲んでいると、武論尊さんが一人でやってきました

僕ともう一人の友達も気づき、お店の人に紹介され、カウンターの真ん中に挟むように座っていただき、お酒をご一緒させていただきました!

僕らの話す内容は、もちろん北斗の拳で育った中学時代の話し、色々なキャラクターの話しやストーリー、名シーンなど、「僕はやっぱり、サウザーやシュウの頃が一番好きだった」など…

友達と盛り上がりました

友達は先に帰り、それから光栄にも武論尊さんと2時間近く、サシで飲ませていただきました

武論尊さんが僕の仕事を聞いてくださり、閉店することも伝え、色々な話しをしている中で…

「私はどこに行っても、北斗の拳の話しばかりで、…あれから30年以上、あれからも色々な漫画を書いている、昔の話しばかりしていても正直つまらない、もう70を過ぎたけど、今も漫画を作っている

私は今も漫画家として生きている

君も、閉店のことを色々話すよりも、新しいお店や新しい料理の話しをしている方が気持ちがいいだろう

だから、いつも未来(先)の話しをしていこう、お互いにね…」っと

最後に話してくださいました。

一生現役の人を初めて見た気がしました

武論尊先生、ありがとうございました

先生には、「新しいことが見つかったら先生の名前と写真を出してブログ投稿してもいいですか?」っと聞き、「いいよ」と約束をいただきました

先生、発表の日です

あの夜は本当に楽しいお酒をごちそう様でした。また本当にありがとうございました。

重ねて、新しい物件に関し、色々動いていただいている不動産の方、建設会社の方、お客様や本当にたくさんの方にも感謝しております

引き続き、ご面倒をおかけしますが、よろしくお願いいたします

この世界に、存在させてくださった方々に感謝とともに幸がありますように

ーシェフー

2018.08.23

『ふみの日…』

『ふみの日…』
僕は料理人になって29年、1月7日の七草がゆを作らなかった年は一度もありません
高校を卒業して働きだしたホテルの朝食で、1月7日に七草がゆを出していたおかげというのもありますし、もう亡くなられてしまいましたが、ホテル時代、いちばんかわいがってくださった上司が日本の食文化、節句を大切にしていた方だったので、その影響もあると思っています
だから、イタリア料理店が「七草がゆ」を…?っとそんな風に思う方もいるかと思いますが、僕はイタリア料理とかフランス料理とかの前に、その方からの影響もありますが、純粋に日本の節句や風習が好きです。
元日の朝、若水を汲みに行き、神棚に供え、無病息災を願いながら雑煮やお茶を入れる
1月7日に七草がゆを作り、家族みんなで揃って食べる
2月3日の節分や桃の節句、端午の節句、七夕やお盆、お月見や七五三、お年取りなど…挙げればキリがないのですが、これからも『食と節句、風習、文化』を大切にしていきたいと思っています

一昨日火曜日は、日曜日の振替えでお休みをいただきました
午前中は、佐久平駅にあるfmさくだいらで、月に一度のラジオ番組の日
先月、先々月はラジオの時間に色々が重なり、タカシマに急遽、ラジオに出てもらっていましたが、今回は休みだったこと、そして、ヒロッシーニの閉店の話しも、きちんとしなければいけないと思い、これまでの経緯などをラジオを通じて話させていただきました。

そして、午後は…
ヒロッシーニの閉店後、この店舗を居抜きとして引き継いでくださる方と契約書などの作成も含めた2回目の打ち合わせをしました。
今回の話の中で、まだはっきりせず曖昧になっていた『ヒロッシーニ閉店の日』がきちんと決まりました
閉店は、やはり当初の予定通り、年内いっぱい、週刊さくだいらの広告記事では、まだ先の見通しがつかなかったことや早まった場合を考え『この秋』とお伝えしていましたが、やはり、12年間という長い時間と、その時間を支えてくださった方々に対し、きちんとお礼をお伝えする時間、これからの準備をする時間、そして、料理人生の節目となる以上、やはり一年の節目となる12月31日を閉店の日と決めました

話は少し変わり…
7月5日の閉店の投稿から1ヶ月が経った頃…
ネットの時代と言われながらも、また週刊さくだいらの特別版の1000号記念の広告記事に掲載してみたものの、閉店のことを知らないお客様がまだまだいました…
普通にご来店をされ、お店で知るといった方が大変多く、ある意味ネット社会のお客様が少ないことに、お店としては安心をしていますが、それだけ知らない方がいるということは、なんらかの形でお伝えしなければと思い
それ以上に、やはり楽しい食事をという気持ちで来店されたにもかかわらず、お店の閉店を知るというのは、気分的に嫌なものです
そんなところから…

先月、7月23日の朝のニュースで、今日は『ふみの日』というニュースを見ました!
ふみの日とは…日本郵政省が1979年に制定した7月23日の記念日で、主旨は「手紙の楽しさ、手紙を受け取るうれしさを通じて文字文化を継承する一助となるようにというもので、旧暦7月の文月という別称でよんでいたこと、そして23日は「ふみ」に語呂合わせをし、記念の切手も発売されます

最初は、そのニュースを見て、『手紙の楽しさや受け取るうれしさ』からは、大変かけ離れますが、お世話になった方にきちんと手紙を書こうと思い、記念切手を購入し書き始めていましたが、先に書いた、ヒロッシーニの閉店をまだ知らない方に対しても、お知らせという意味で、500枚近い数の葉書を書かせていただき、今日23日(ふみの日)に合わせポストに投函してきました

この500枚近い葉書は…
今まで年賀状を書かせていただいていたお客様やお節を買ってくださっていたお客様、他にもご住所を伺っていたお客様などです

葉書の中には、記念切手が足りず違う切手の方もいます
また、7月5日以降で、わざわざご来店してくださった方でお話ができたお客様や、『今後のことをお知らせ』という意味で新しく住所を書いてくださったお客様にもお葉書はお出ししていません
他にも、住所がわからないお客様や引っ越された方にもお出しできていませんがご理解ください

お葉書が届き、ご来店されるようなことがありましたら、一声かけていただけると幸いです

『ふみの日』
手紙を書く楽しさ、受け取るうれしさを通じて文字文化を継承する一助となるように…

節句とはまた違いますが、23日(ふみの日)は僕の中で『筆をとる』という大切にしたい風習であり文化にしていきたいものです
ーシェフー

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