『社会的義務』
4月の初め、お店は久しぶりに3連休を頂き、この3月に高校受験を終えた息子の『受験お疲れ様旅行』として、久しぶりに家族で旅行に出かけました。
今回の旅行は、彼の(息子)リクエストで寝台特急『サンライズ出雲』に乗って西日本に出かけることでした。
東京駅 22時発の寝台列車、初めて乗る寝台列車に、僕は興奮して眠れない旅を想像していましたが…
その思いとは裏腹に つい2時間前まで、いつも通りにお客様の料理を作っていた一日の疲れと寝台列車のラウンジで飲む冷えたワイン、そして心地よい列車の揺れに負け、不覚にも1時間程度で僕は寝落ちしてしまいました…
それでも、佐久平駅で新幹線を待っている時間を使って、Googleで姫路付近の日の出時刻を調べ、それに合わせてセットした目覚まし時計のおかげで、夜が明けていく 幻想的な静かな時間を列車の窓越しでゆっくりと楽しむことができました。
そして、朝の太陽がこんなに眩しかったことを何年かぶりに感じることもできました。
僕は彼に出会うことがなければ、こんな素敵な経験をすることはなかったんだと思いました。
この旅では、色々なところに行きました。その中でも僕は、どうしても行きたかった場所がありました。
それは、京都の伏見稲荷大社です。
12年前、ヒロッシーニのオープンまで、あと1カ月を切った忙しい時期、大阪の実家に年始の挨拶と開業の挨拶を兼ねて、そして商売繁盛の神様として、全国的にも有名な伏見稲荷大社への参拝も含め大阪に行きました。
初めての開業、当然きちんとしたところに行って、きちんとしたお参りをしておかなければ、この先が不安だらけでとても怖く、いま思えば、とても安易な考えで参拝に出かけました。
もうだいぶ前のことなので、はっきりとは覚えてはいませんが、その時は、神様に向かって静かに手を合わせ「どうかお店がつぶれれませんように、そして商売繁盛しますように」とお願いしたと思っています
それから毎年の初詣も、たまの旅行で行く有名な神社でも、その願い事は変わらずにいました…
この歳になっても、知らないことだらけで本当に恥ずかしいものです…
それでも、まだいま知れてよかったと、どこか間に合った感で生きています。
このお参りもそうでした…
今年の正月、長野の善光寺に高校受験の合格祈願に息子と出かけました。
絵馬を奉納して、歩きながらの帰り道、息子に「なんてお願いをしたの?」と何も疑問も持たずに尋ねると
息子は「何もお願いはしてないよ」っと、さらっと応えました…
僕は不思議になり聞き返すと、息子は小学校6年の時、一人で比叡山延暦寺まで行き、その時に延暦寺のお坊さんから色々なことを教えて頂いた話をしてくれました。
みんな神様のところに行くと色々とお願いごとをするけど、毎日毎日、ものすごい数のお願い事をされても、神様は全部聞くこともできないし、叶えることもできない
本来、参拝というのは、神様にお願いをする場ではなく、神様に自分の決意を伝え、これをきっかけに頑張りますから見ていて下さいと、その決意を表明する場
だから、僕は「勉強をしっかりやって受験に挑みます! そして必ず合格して高校生活をおもいっきり楽しむぞ!」
そう神様に伝えてきたそうです。
僕は45年間、参拝の意味を知らずにお参りに行ってました…
最近、彼から学ぶことが本当に多く、ある意味楽しいです。
12年前、僕は自分なりの目的を持ち独立をしました。
* この佐久の食文化の底上げを図る
* 地域の食材にきちんと向き合い、全国から佐久にたくさんの人を呼ぶ
* 大切な記念日や非日常の食事の場として、料理だけでく素敵な空間も提供する
融資の際の開業計画書にも、この思いを書き、僕は開業をしました。
反面、独立するということには、少なからず違う理由も含まれます。
やはり、一番は勤めていた時に感じていたストレスからの解放で、誰の指示も受けずに、自分のやりたい料理(お店)を自由にやることだったと思います。
商売を長くやっていれば、当然浮き沈みはあります。
浮いている時はいいのですが、沈んだ時は、本当に眠れない日が続きます、これは職種に関係なく、どの経営者も一緒だと思います
それが何カ月も続き、支払いなどが厳しくなってくると精神的にも病られ、どうしても前向きになれず悪い方にしか考えられなくなります。
ヒロッシーニも、もちろん何度もそういう時はありました。いま現在だって、決して安定した経営状態ではありません…
それでも、まだオープンして10年を迎える頃までは「何がなんでも絶対にお店を続けてやる!」っという強い思いでやってきましたが、この数年は、もちろん払いきれていない借金は残っていますが、どこか、僕を必要に思ってくれるところがあれば、『また勤めに戻ろうかな…』っと考えるようになりました。
当然雇われるということは、先に書いたストレスはついてきます。それでも安定した給料をいただき、好きな料理を作れることには変わりないのかな…?っと考えることが増えてきていました。
そんなことを考えるようになったからなのか…?
そんなことを考えるている顔がでていたのか…?
こんな話は誰にもした事がないはずなのに…
たまたまの偶然なのか…?
ずっと前からも言われていたけど気づかずにいたのか…?
この数年、帰りのレジでのご挨拶の時やカウンター越しでの会話、仕事でない時も含め、色々な場面で、例えば どこかのお店が閉める話から、例えば 移転する話しから…
話しのきっかけは様々ですが、『ヒロッシーニが閉めるようなことがあったら〜…』
『ヒロッシーニさんが無くなったら〜…』
特に日曜日も営業をするようになった最近は、身体を気遣ってくださる声から『シェフになんかあったら…だから無理はしないでください』
そんな声を毎日聞くようになりました。
これは、オープンして2〜3年の頃とは違い、10年という長い時間の中で確立された(色々な制限や営業時間、価格やメニュー、お店の雰囲気やスタッフなど…)そういう全てをふまえて通ってくださるお客様の本当の声だと感じるようになりました。
極端なことを言うと
昨日までは『自分のお店』を守ってきた自分でした。
あくまでも、『僕のお店…』
だから、心のどこかで、もう一度勤め人に戻ろうかな…っと、現実から逃げ出すようなことを考えられたのです。でも今は明らかに違います。
以前、常連のお客様から言われた言葉があります
「弘さんの料理は、もう弘さん個人の料理ではなく、このお店が無くなると困る人たちがたくさんいる、だから、もうこのお店の存在自体が大袈裟に言うと『社会的義務』になってきているんだよ!」…
自分で自分のことを誉めるほど、嫌なものはありません…
正直ブログでは一番書きたくない話です。それはどう加工しても、いやらしい話に聞こえてしまうからです…
4月の初め、お店は久しぶりに3連休を頂き、旅行に行ってきました。
その旅の途中、僕はどうしても行きたいところがありました。
それは、京都の伏見稲荷大社でした。
先ずは、12年前 参拝の仕方も知らずに勝手なお願いをしたにも関わらず、今日までお店がつぶれることなく続いているお礼の挨拶と
そして『ヒロッシーニを大好きなお客様、大切に思ってくれるお客様のために、僕は何があっても絶対お店をつぶしません、だから今日からの僕を見ていて下さい」
と決意を表明してきました。
とても気持ちのいい京都の朝でした。
桜は見れませんでしたが、どこか晴れやかな京都の朝でした。
広いこの世界から見たら、小さな小さな『大袈裟な社会的義務』をしっかりと背負って
ーシェフー
大きなことを決意した人間は、とても強いです!
おかげ様で、息子も志望校に無事合格し、まだ半月ですが高校生活は、とても楽しいみたいです。
今朝も、しっかり朝ごはんを食べ元気に学校に出かけて行きました。