いらっしゃいませ

  
ヒロッシーニに来店されたことがあるお客様はご存知かもしれませんが、入り口のドアはガラス張りになっています、そしてその横の壁もガラス張りになっています。当初の計画ではただの壁でした。
10年前、あと1カ月でいよいよオープンという、追い込みの時期
オーブンや冷蔵庫など厨房機器が搬入され、ようやく僕の立ち位置が決まりました。
(お店で僕が一番立っている場所です)
その時、ドアの横のただの壁を見た時に失敗に気づきました。階段を上がって来たお客様がドアを開けるまで僕はお客様に気がつかないことを…
急遽、建設屋さんにかなりの無理を言って壁をガラスに変えてもらいました。

理由は2つありました…
初めての独立開業、自分のお店にわざわざ階段まで上がって来て下さるお客様を誰よりも先に僕が気づき、外にも聞こえるような大きな声で「いらっしゃいませ」と言いたかったからです。
そして、もう一つはみなさんも経験があると思いますが、レストランに入ったけど、ずっと店員さんが自分に気づいてくれず残念で不快な思いをしたことを…
それを一番避けたかったからです。

とはいえ、オープンキッチンで気づいていても「いらっしゃいませ」も言わない料理人も世の中にはたくさんいますが…

そんな理由であのガラス張りの壁があります。今では階段を上がってくるお客様を僕が一番にキャッチし「いらっしゃいませ」と声をだすと手が空いているスタッフが入り口まで急いで行き、できるだけドアを開けて「いらっしゃいませ」とお出迎えをします。
(ちなみにヒロッシーニのドアは通常の逆に造っています。お迎えするという意味で、引き戸になっています…)
みんなが忙しい時は当然僕も走っていきお迎えをします。そしてスタッフ全員が必ず「いらっしゃいませ」を言います。ご予約のお客様でしたら、「今日はご予約ありがとうございます」フリーのお客様でしたら「わざわざご来店ありがとうございます」雨や雪の日なら「お足元の悪い中わざわざありがとうございます」とスタッフ全員が言います。
ご予約の際に、おまかせ料理をお願いされているお客様や団体のお客様には「今日はよろしくお願いします」っと厨房からでも必ず大きな声で言います。

レストランやサービス業なら当然のことです。ブログで書く必要も無いくらい当然のことだと思います。どのお店も当然マニュアルにあると思います。

『それでも本当のいらっしゃいませを言おうと思います』
それは、数あるお店の中で自分のお店を選んでくださった大切なお客様だからです。
「いらっしゃいませ」という言葉はその大切なお客様をお迎えする『おもてなし』の一番最初の動作だと僕は思います。もっと細かく言うと予約の電話からになりますが…

僕はレストランに行く際は、(日本料理も当然、居酒屋さんでも)必ず予約を入れます。時間や予算、電話番号を伝え、そして最後に「名前は中山と言います。佐久平でヒロッシーニというお店をやっている中山と言います。当日はお世話になります、よろしくお願い致します。」と必ずお店の名前も名乗って予約を入れます。
これは自分を高く見せるためではありません。同業者の中では案外普通のことです。ヒロッシーニの予約でも、軽井沢の名門フレンチのオーナーの方でもそこで働くスタッフの方でもだいたいの方が名乗って予約を入れて下さいます。(こそこそと偵察のようなタイプもたくさんいますが…笑)
そして「当日はよろしくお願いします。」と挨拶も入れて予約をして下さいます。それはこの世界では食事に行くことが一番の勉強だからです。だから受け入れるお店側も当然気を張ります
(オーナーシェフ、従業員に関係なく)
変わった食材などあればわざわざ注文をしてお待ちします。お互いが勉強になるからです。

そんな先日、数年前にできたレストランに予約を入れ出かけてきました。
お店は少し忙しくなり始めている状況でしたが、「いらっしゃいませ」の声に気づき、シェフはこちらを向き一旦仕事の手を止め、急いで手を洗い入り口に来て下さいました。「初めまして」の挨拶と同時に握手をされ「いらっしゃいませ、今日は来て下さり本当に嬉しいです。よろしくお願いします」と言って下さいました。
僕らも「お世話になります」と伝え、席に着き楽しい食事の時間を過ごしました。食事も大変美味しかったのですが、常に店内の温度や周りのお客様を気にかけている姿、本当に勉強になる時間となりました。
この素晴らしい、おもてなしのできるお店
今思うと、シェフのあの僕らをお迎えしてくださった「いらっしゃいませ」の数秒間が既に物語っていた気がします。

芸術作品のような料理が持てはやされるこの時代
料理の『見た目』も当然大切ですが、それ以上に料理の味とお客様への『配慮の目』をもっと身につけなければいけないと感じました。 シェフ

ちなみの写真は、10年前のオープンした時の写真です…笑