ブログ
2017.01.01

ご縁がありますように


あけましておめでとうございます。
今朝は柔らかい日差しが心地よい、穏やかな新年の朝を迎えることができました。
いつもの様にゆっくりと梅湯を頂き、近くにある新海神社に今年も家族みんなで朝一番で初詣に、
今年は息子が高校受験の年なので特に強い願いを込めての初詣になりました。
我が家は初詣に行く際にお賽銭箱に入れるお賽銭(5円玉)をそれぞれの思いに合わせた額を持って出かけます。
例えば、息子シエナは5円玉を4枚
「よいご縁がありますように」

新しく始まる高校生活でお互いが向上し合える良い友達ができますように。

娘のりおんも5円玉を4枚
「よいご縁がありますように」

女の子特有の陰険な←(表現が適切でないかもしれませんが)
そんな関係でない、本当のお友達に出会えることを願って。

僕は5円玉を6枚
「安定と調和のとれたご縁がありますように」
「6」という数字が使われる「六角形」には、安定と調和をもたらす意味があります。

白黒をはっきりさせる性格で、正しいと思ったら(正しくない時も多いが…)絶対に曲げず相手が傷つこうが強く言ってしまい、それで相手が離れていこうと、理解されないのなら自分から縁を切ってしまう、そんな人生をずっと送ってきた自分です。
勤め人の頃は、それでもあまり問題はなかったような気がしますが、やはり独立をすると、商売的にかなりの影響が出ました…
それでも『それを貫き通す』と、くだらない我を通し生きてきました。

そんな昨年、これといったきっかけはないのですが
(あるとすれば子供たちから学んだのか…?)
本当に人とのご縁や人間関係、付き合い方を見直し、考え直す時間が作れました。思い直して日は浅いのですが、どっちが悪かったとか、あの時は…などと蒸し返さず、3年以上前のことでも、先ずきちんとお詫びに出向き、遠方の方には手紙を書き、出向けない方には電話をかけお詫びをしました
結局、ほとんど修復することはできませんでしたが、それでもお詫びをすることはできました。

飲食店をやっていると、やはり理不尽なお客様もいます。僕は日頃支えてくださる大勢のお客様より、この少数の理不尽なお客様の数ばかりを数えて生きてきた気がします。
昨年本当に今更ながらですが、人とのご縁や付き合い方を考え直すきっかけとともに、理不尽なお客様でなく、その支えてくださっているお客様に目を向けられるようにもなれた気がします。
だからなのか、オープンから11年が過ぎ、いまは本当に毎日が穏やかな気持ちで、料理の向上だけを考えて仕事ができています。本当に僕の仕事は、お客様あっての商売なのです。

そんな支えてくださっているお客様話から…

ヒロッシーニがオープンした頃から、かれこれ10年以上変わらず、月に3回はランチに通ってくださる野菜が大好きな宮本さんというご夫妻がいらっしゃいます。最初の頃はパスタランチを注文され、サラダを召し上がり、野菜中心のパスタを食べてお帰りになっていましたが、4年くらいが過ぎた頃、レジでお帰りの挨拶の際に色々とお話しもするようになり、さすがに料理もマンネリしすぎてしまうので、「よろしければ野菜中心のおまかせランチにしましょうか?」っと尋ねたところ「ぜひ喜んでお願いします」とお返事を頂きました。
それからというもの、来店される度に(必ず前日までにご予約を頂いて)毎回違う旬の野菜を使った料理
前菜やサラダ、スープ、パスタをご用意してお出ししています。(僕個人のfacebookでタグ付けしてくださるので、宮本さんの投稿を見てる方も多いかと思います)
そんな料理の関係をもう5年以上させていただいています。
本当に毎回頭を悩ませますが、それでも本当に僕は感謝しています。

僕が思う『料理人が育つ』2つの大切なことがあります。
それは、決して褒め上手な人ではありません。褒め言葉はむしろ後退していくような気もします
(これは、あくまで育てるに関しての僕個人の考えで、僕自身褒められるのは大好きです…笑)

先ず一つ目は…
先の宮本夫妻のように、いつも新しい料理を作らなければっと思わせてくれる環境です
同じように、いつも『シェフのおまかせで』っと絶対の信頼で来てくださるお客様もそうです。
ただし新しい料理を出すのではなく、当然美味しいを大前提で考えた料理の提供です
本当にこういう状況は、脳ミソを休めさせることなく料理のことだけを考えさせてくれるので新しい料理を作り出すことはもちろん、修行時代に学んだ20年以上前の料理を振り返ることもできます。

二つ目は…
きちんとした目で厳しい評価をしてくださる方
(初来店で料理評論家ぶっている方や2度と来ないのに評論家ぶる方は問題外です…)
変わらず来てくださる中でも「今日の〜はちょっと…」っといいズラくともきちんと言ってくれる方です。
さすがに1カ月くらいは凹みますが、成長するには一番大切なことだと思います。

そんな日々、知らず知らずに課題をくださるお客様たちに育てられ、おかげ様で今日穏やかで暖かな12年目の春を迎えることができました。本当にありがとうございます。
そして、そんなお客様のおかげもあり、昨年の秋に取材を受け、全国誌の旅行雑誌『るるぶ 信州』の2017年版『高原野菜の美味しいレストラン』でヒロッシーニが掲載されることになりました。これから一年間全国の書店に並びます。
(4月〜3月かもしれませんが…)
本当にとても光栄なことだと思っています。
取材の際、るるぶの方に「どうしてウチが選ばれたのですか?」と素直に気になったので質問しましたら、「ネットの評判もありますが、それ以上に、この地域の方や色々な方に直接伺ったら、ここを紹介されました」と言われました。
やっぱり僕の商売は日々支えてくださるお客様あってなんだと改めて感じました。

そして、もう一つ『美味しい料理の絶対比率』と言われる
『素材7割、技術3割』その中の7割をしめる素材(美味しい野菜)を作ってくださっている農家さんとのご縁と農家さんの日々の努力があってのことだと痛感しています。
本当に皆さんありがとうございます。

新年を迎えまして、改めてまだまだ未熟な私ですが、何かのご縁と思って末永く、これからもお付き合いをお願い致します。

今朝、早起きをして初詣に行ってきました。お賽銭は、5円玉を6枚
「安定と調和のとれたご縁がありますように」と… シェフ

Condivisione felice...Share on FacebookTweet about this on TwitterPin on PinterestShare on Google+Email this to someone
2016.07.27

明日が晴れますように…


2週間ほど前、日本テレビさんから料理番組の撮影依頼を頂きました。
その番組は日本各地の美味しい食材とその生産者、そしてその町を紹介しながら、その食材を使った料理をゲストと一緒に作り楽しく食べるといった日本テレビの人気料理番組です。
番組名は番組予告が出るまで公表してはいけない決まりになっているのでここでは書けませんが、全国放送の番組で料理を作らせてもらえるということはとても光栄なことで本当に嬉しいお話を頂きました。

…2007年11月 ミシュランガイド東京が発刊され、星付きレストランの時代が日本にも来ました。完全に東京や大阪、京都などの大都市で芸術かつ独創的な料理と素晴らしい接客、空間を兼ね揃えたお店が集まり日本だけでなく世界中から注目を集めています。

それとは相反して、素晴らしい料理人達が地元に帰り、また地方に移り住み、その地域とその地域の素晴らしい食材を発信している『地方発のレストラン』も増えてきています。

少し愚痴のように聞こえてしまうかもしれませんが、そういう意味でなく単純に独立して10年、まだまだそのどちらにも属せない料理人ですが、それでも毎日葛藤しながら日々料理を作っています。

僕が住む この信州佐久には、たくさんの素晴らしい食材と強い信念を持った生産者の方々がいます。
自分の生まれ育った町のそんな食材とそんな思いをたくさんの方に知ってほしく、伝えたく料理を作っていますが、やはり個人店のチカラや地域だけでは発信力に限界があります。(決して諦めの意味ではありません…)
そんな中での今回の日本テレビさんの番組で自分の地元の食材や自分の町が全国放送されるということの影響力や発信力は(テレビなんて一時的なものと言われようと)大きなものだと僕は思います。

今まで自分の身勝手な振る舞いでたくさんの地域の方にご迷惑をかけてきたことも含め、この出演依頼は本当に嬉しく、そして地域が活性するために少しでも役に立てればと思っています。

…撮影は明日 明後日(7月27日、28日)です。
外での撮影が中心の番組のため、天気に左右されやすく時間が読めません…そのためお店は2日間休みを頂きます。ご来店を考えていたお客様 本当に申し訳ございません。

そして今回、番組出演の話だけでなく嬉しかったことがもう一つあります。
それは2週間ほど前、日本テレビさんから番組出演の依頼を頂いた際、既に27日、28日はランチだけでなくディナーにも何件もご予約のお電話を頂いていました。そんな中、こちらの身勝手な話にも関わらず理由を聞いて下さり、すべてのお客様が「そんないい話なら…」と快くキャンセルという形ではなく、日にちだけを変えて下さったことが本当に本当に嬉しかったのです。

天気予報は微妙ですが、明日 明後日は青空になることを願って…シェフ

Condivisione felice...Share on FacebookTweet about this on TwitterPin on PinterestShare on Google+Email this to someone
2016.06.20

タイトルはやっぱり感謝かな…


Facebook友達が春に投稿した数枚の写真の中の一枚の写真…
(この写真は僕が撮ったものですが同じようなアングルの写真でした…)
その写真を見た時、もう30年以上前にも関わらず、中学生の時の硫黄岳登山をハッと突然思い出しました。
オーレン小屋に泊まり、まだ真っ暗な3時頃に起床し硫黄岳山頂に向けて登った。真夏というのに寒すぎて震えながら御来光を待つ、毎日太陽は必ず昇るはずなのに、生意気な中学生のはずなのに少しづつ登ってくる太陽に感動したのを今でも覚えています。その後下山、帰り道(先生が後ろを見ろっと言ったのか定かではないが…)ふっと振り向いた瞬間の景色がこの本沢温泉から見た硫黄岳の景色でした。
今でも鮮明に覚えていた景色でした。

僕が通っていた佐久中学校(当時の佐久町)の校舎から毎日ハッキリと見えていた硫黄岳や天狗岳
高校に通う小海線からも毎日見えていた硫黄岳
高校卒業後八ヶ岳のホテルに就職し毎日四季折々の八ヶ岳を見続けていた10年間
何年も通った小海のスキー場でのスノーボードのリフトから見える硫黄岳、大好きな温泉『ヤッホーの湯』の露天風呂から見えるあの壮大な硫黄岳
今思うと僕の人生の中に硫黄岳は毎日のように見えていました。
ただ遠くから眺めているだけで十分な存在でした…
壮大すぎて登ることは考えられなかった30年…
登山には興味がなく硫黄岳には2度と登ることはないと思っていたこの30年
あの一枚の写真を見るまで…

あの写真をきっかけに登山を始めました。
誰かに強制されたわけでもなく、登山ブームだからではなく…
何故かふうっと山を登りたくなりました。

それから予定のない休みは毎週八ヶ岳や浅間連峰に行きました。
っと言っても片道2時間程度の山ばかりですが…笑

そんな昨日、いよいよ硫黄岳登山に挑戦!
(登山経験者には大したことではないと思いますが…)
スタート地点の本沢温泉入口、標高1400m〜硫黄岳2760m
標高差1300m片道4時間の初登山

一緒に登ってくれたのは、昨年中学登山で大雨にやられ硫黄岳の御来光も見れず、土砂降りの中ただただ下山という八ヶ岳登山を経験した息子が中学生の間に「もう一度硫黄岳に登りたい」と言ってのリベンジ登山のシエナと学生の頃からの付き合いで、もう30年来の一番の親友で登山歴も長い友人の(新津昌志)2人でした。
彼にはポールの使い方、装備や歩き方など山のことを色々教えてもらいながら
そして懐かしい話やシエナの学校生活や将来の夢、お互いの仕事の話やくだらない笑える話など尽きない話をみんなでしながら、変わりゆく山道と山々の景色、目の前に凛とそびえ立つ硫黄岳を見ながらの登山
天気予報は晴れ、朝から気持ちの良い天気でしたが、本沢温泉を過ぎ登山から3時間が過ぎた夏沢峠あたりから雲行きは急に変わり、山頂まであと一時間というあたりから雨が降り出しました…
慌ててレインを着て、ゴロゴロと石がころがる勾配のきつい岩山を強風と横殴りの雨に叩きつけられ、身体は一気に冷たくなり寒さと霧で視界が悪い中、ゆっくりですがなんとか硫黄岳山頂まで登りきりることができました。
数十メートル遅れながら登る僕の目の前で友人が山頂に着いたシエナに「お疲れ、おめでとう!」っと握手をする姿を見て、男の格好良さを感じました。もちろん僕も2人と握手しましたが、一生忘れられない握手になると思います。

山頂はそれ以上に雨風が強く、なんとか一枚だけ記念写真を撮り下山
登りよりも雨も風も強くなり石も滑りだし、慣れない片道4時間の疲労、勾配のきつさと登りきった達成感で目標を失い、精神的にも肉体的にも転びやすくなっていました。
そんな中、友人は後ろの僕らをずっと気にかけ「この石は浮き石だから気をつけて、ポールを上手く使いながら、ここ滑るよ、シエナ無理しないでいいからゆっくりな」などと、ケガをしないよう、最後まで安全で楽しい登山になるよう声をかけてくれながら硫黄岳を無事下山
夏沢峠の大きな木の下で雨をしのぎながら遅めのお昼をとり、またケガをしないように気をつけながら、ゆっくりと下山
結局雨はやむことはありませんでしたが楽しい下山になりました。

たまの東京で傘をさして歩くことはあっても、今までの僕の人生の中でひたすら雨の中を4時間以上歩いたことなど一度もありません。
今まで雨の中を歩く必要もなかったからです。
ただ、僕の人生の中で雨の中をこんなにも楽しく気持ち良く歩いたことはありません
そして股関節やふくらはぎが痛くて辛いのに歩くことが、こんなに楽しく思えたこともありません。

僕は気の合う仲間とお酒を飲むのが大好きです。ホント楽しい時間です

言葉は全然話せませんがイタリアやスペイン、フランスなど海外を旅行することも楽しく大好きです。

僕は料理人という仕事も大好きで、きれいごとに聞こえるかもしれませんが、高校卒業してからずっと毎日変わらずに楽しいです。時には色々ありますが本当に料理人という仕事が毎日楽しいです。

僕の人生の中に全く違うジャンルの『登山』という新しい楽しみが増えました。
ほとんど毎日、仕事を終えて帰ると日付けは変わっています
休みくらいゆっくり寝ていればいいのかなっと思うことはよくありますが…
僕は必ず予定を入れておもいっきり遊びます。
これからの日曜日もおもいっきり登山を楽しんで、色々をリセットし月曜日からの一週間の仕事(料理)をリフレッシュして楽しむ!
ケガのないよう上手に付き合っていきたいものです。

往復8時間30分かかりましたが、本当に本当に楽しい登山でした。

最後に3つの感謝…
一つ目は一日中天気が良くなく雨が降ってくれたこと、少なくても山での装備や寒さ、帰りたくなっても自分の足で下山するしかないことを教えてくれたこと

2つ目は友人が下山して車まで来た時に山を向いて帽子を取って「さあ、山に一礼するよ! 」っと僕らに「 無事に下山できてありがとうございます。楽しい時間をありがとうございます」って山の神様にきちんと感謝する姿勢
山への敬意と30年来の親友へ感謝

そして、3つ目は…
中学3年になり日曜日は本人の意思で受験勉強にあてている息子が、昨日の登山の話の中でシエナが「リベンジ意外に父の日っていうのもあるからね!」っとボソっと言ってました。

父の日だった昨日、夜のニュースで父の日のアンケートで全国のお父さんに聞いた『父の日に欲しいもの』のベスト3位
3位 プレゼント
2位 感謝の言葉
1位 一緒に過ごすこと
でした…

生まれた頃のシエナは喘息やアレルギーなど色々な病気があり、入退院を繰り返す本当に体の弱い子でした。今でも喘息持ちですが、そんな彼と一緒に硫黄岳に登れたことに感謝です
シェフ

Condivisione felice...Share on FacebookTweet about this on TwitterPin on PinterestShare on Google+Email this to someone
2016.05.01

天狗岳に絶対登るぞ!

3月いっぱいで4年間働いていたバイトが辞め、4月より大学2年生の女の子と高校2年生の女の子が新しくバイトとして加わりました。
学生である以上、当然勉強が本分ですが、週3日のバイトとはいえ、いつか社会に出た時に少しでも役に立つ時間をここで過ごしてほしいと思って日々接しています。
5月に入り、世の中では今年入社した新入社員もちょうど1カ月が経ち、よく言われるゴールデンウィークが明けてのまず最初の離職の時期『5月病』がやって来ます。
右も左もわからないたった1カ月しか働いていない状況で、すぐに逃げ出す人間の気持ちなど到底僕にはわからず、今までも1カ月ではありませんが半年、一年くらいで辞めたいと言ってきたスタッフを引き止めたり、引き止めもしなかったりと色々とヒロッシーニでもありました。
当然辞める人間だけが悪いのではなく、雇用している会社側にもそれなりの辞めたくなる理由はあると思います。それでもやはり継続できない人間の気持ちは僕にはわからず…

そんなゴールデンウィークの今日、と言っても日曜日定休の今日1日だけの休みですが、朝から気持ち良い天気だったので、最近Facebookで色々な友達の山投稿を見ていて、山登りにいつの間にか引き込まれ、朝から高校時代からの山好きの友人に電話をし、初心者でも登れそうな近くの登山コースを教えてもらい行ってきました。
コースは八ヶ岳の稲子湯からみどり池までの2.7㎞、標高差約640mの2時間くらいのコースで上級者の人達からみたらたぶん散歩コースでしょう…笑
それでも山登りは初心者とはいえ、散歩コースとまでは言いませんが、それなりに楽しくは行って来れる気がしていました。

しかし…
わずか20分くらい歩き出したところで足が痛くなり、30分くらいした頃にはもう息も切れ、足が上がらなくなりました…
45歳になり、体重もこの3年で6㎏近く増え、そのうえ運動不足…
帰り道の最後くらいは厳しくなるとは思っていましたが、ここまでキツイとは思ってもいませんでした。
1時間が過ぎた頃には、「あと1時間も登るのはオレには無理」と諦め本気で引き返そうと思いました。
少し長めの休憩を取り、真剣に引き返そうか考えました。みどり池はきれいかもしれませんが、目の前はゴツゴツした石ばかりの山道
その時何を思ったか仕事を初めて一年足らずで辞めていく人の気持ちがなんとなくですがわかった気がしました。

例えば、稲子湯がバリバリ働くぞ!っとやる気に満ちた入社式だとすると、みどり池が3年くらい働いた頃
みどり池は10年も20年も働いている人から見ると大したことのない3年目という通過点
それでもみどり池まで辿り着いた人には、とんでもない喜びと達成感が溢れだす。それまでの3年間に辞めたくなるようなその人なりの苦労が沢山あるからだ!
10年20年働いている人から見れば、それですら大したことのない苦労なのだが…
そして、みどり池に辿り着いた達成感も束の間、今度はみどり池の目の前にそびえ立つ標高2646mの天狗岳を目指す、新入社員の頃よりも途中途中の喜びや充実した時間は多くはなるが厳しさや責任はもっと大きくなります。
多分10年選手の人間はそのあたりで働いていると思います。
そして、その天狗岳にいる人間はもっと高い山、過酷な山を目指しています。それが20年30年働いている人間、または経営者たちだと思います。

そんな挫けながらもみどり池まで登りました。
着いた時のあの景色と達成感、しらびそ小屋のコーヒーの味は何とも言えないものでした。
「あぁー、途中でリタイアしなくて良かったー!」と本当に思いました。

仕事も同じで、山登りのように「あそこから見る景色は最高だよ」と登りきった時の達成感などの話をします。
でも登りきったことのない初めての人間には、いくら先輩の魅力的な話を何度聞かされても、楽しいことのない厳しいだけの途中ばかりでは『心は折れてしまい』登ることを止めてしまう。そんな気がしました。
それでも登るか登らないか、続けるか続けないかは本人が決めることで、登る奴はやっぱり登る、登らない奴は何を言ったって登らない、説得するだけやっぱり時間の無駄なんだと改めて感じました。

そして僕は今日、そのみどり池の目の前にそびえ立つ天狗岳に絶対に登りたいと思いました。
絶対に登るために、今日から体力をつけ体重をしっかりと落とし、今日くらいのコースをまずは何度も歩き、しっかりと準備を整え必ず登り日を迎えます。

よく人生は登山に例えられます。僕も恥ずかしながら、よく後輩たちに今まで使っていましたが、天狗岳に登りきるまではとりあえずやめときます…笑
シェフ

Condivisione felice...Share on FacebookTweet about this on TwitterPin on PinterestShare on Google+Email this to someone
2016.04.29

重い荷物を背負って…


昨日、中学3年になる息子が修学旅行から無事に帰ってきました。我が家にとっての無事とは、小麦や卵などの食物アレルギーを持つ息子が、間違って接種してしまった場合、アナフィキラシーショックで死にいたるケースがある。よく言われるスズメバチに刺されるようなことが日常的にあるからです。
小麦や卵のアレルギーの怖いのはパンやラーメン、うどん、卵焼きなどわかりやすい料理よりも、ベーコンやハム、ソーセージなどの加工品やマヨネーズを使った料理、天ぷらやトンカツ、コロッケなどの揚げものやハンバーグ、カレーなどのつなぎに使われているということです。
あげ出すとキリがないくらい身近な食べ物には小麦、卵は使われています。

ちょうど1カ月前、10周年のイベントや送別会などで毎日が忙しかった3月下旬、スタッフにお願いをして優子さんだけ休みをもらい、子供たちと大阪に4日間だけ帰ってきました。
今回は無理をしても帰らなければいけない理由があったからです
それは息子(シエナ)の修学旅行の食事の下見、詳しく言うと下見というより優子さんとシエナでアレルギーの対応してくださるお店を探すことが目的でした。

夕飯と朝食の出る宿泊ホテルは学校側がアレルギー対応をしているホテルを最初から探してくださり、そこでは担当の方と電話やFAXのやり取りで、みんなと同じようなメニューで代替え食を用意してもらえることになっていたのでまずは安心しました。

問題は3点…
一つ目は、2日目の1日グループ行動のお昼を食べるお店です。
だいたいのグループはお昼頃、行き当たりバッタリで、近くにあるラーメン屋さんやうどん屋さん、ファミレスなどに行くと言っていましたが、シエナの場合小麦、卵アレルギーがあるため行き当たりバッタリの食事は不可能です。
グループのみんながラーメン屋さんに入って、一人コンビニでおにぎりを買って外で食べながら待っていることは可能ですが、さすがに思い出に残る修学旅行です。自分も食べるものがあって、みんなも食べたいものがあって、少しでも京都らしいお店をと、シエナと優子さんでちょうどお昼頃にあたる二条城から晴明神社付近のお店を満腹になりながらも何軒もハシゴをして、2日間かけてなんとか対応して下さる中華料理のお店を見つけることができました。グループのみんなが希望のラーメンや唐揚げ、餃子などもあり京都らしいお粥や蒸し鶏のサラダなど息子も食べられるメニューもありました。
店員の方にお話しをすると快く引き受けて下さり、アレルギーの品目など詳しい話を聞いてもらい「また近くになりましたら予約の電話をきちんといれさせて頂きます」とお願いとお礼を言って一つ目のお店は決まりました。

そして、もう一つは3日目のお昼のバイキングのホテルです。
学校が考えていたホテルは、ここに来て急遽改装工事のためボツになり、時間は迫っていましたが「それならシエナ君の食事を対応してくれるホテルを探しませんか?」という学校側の計らいで、優子さんが京都中の対応して下さりそうなホテルに電話をし、対応してくださりそうなら、そのまま満腹の中ホテルのバイキングに下見がてら行きお話を…
結局、旅行の日程時間とは他の先約の修学旅行のお昼の時間と重なり大阪滞在中には見つかりませんでした…
数日後、旅行会社の方から「対応して下さるホテルが見つかりました」と電話があり、そちらのホテルの方と先週までバイキングの全メニューの成分表をFAXで少しづつ送ってもらい、学校給食のようにチェックをしては返事をし、当日食べられるメニューが決まりました。
桜の季節の忙しい京都のホテルとは思えない対応の良さにただただ感謝するのみでした。

縁とは不思議なものです。じつはそのホテルは僕が20代の頃、数カ月という短い期間でしたが日本料理の研修でお世話になった『京都ロイヤルホテル』でした。

世の中には食物アレルギーだけでなく、生まれつき大きな病気や目や耳、手足などに障がいがある、また事故や病気などにより車椅子の生活など、日常の生活に様々な困難を持つ人がたくさんいます。
だから、みんなと同じように楽しい修学旅行を過ごすためには、事前に色々と無理なお願いをしておく必要があります。
病気や障がいを持って、常に辛い時間や寂しい思いをしていても、こんな時でさえ頭を下げてお願いをしてまわらなければなりません。
決してプライドの問題ではなく、一生懸命お願いをしなければ、みんなと同じように楽しい修学旅行ができないからです。
だから何度でも頭を下げます。
たぶん同じような病気や障がいを持っている方にはわかってもらえると思います。
わずか1000円のお粥定食を食べるためでも、京都まで時間とお金をかけお願いをしに私たちは行きます。
それは当然こちらがお店側に無理を言って気を遣わせてしまうからです。
幼稚園の遠足でも小学校や中学校の給食、キャンプや登山、普通の日曜日の外食、温泉で食べるソフトクリーム一つさえ…
そういう環境で15年やってきました。

そんな修学旅行の1週間前、息子がお世話になる中華料理のお店に自分から予約の電話をしていました。
「三月の終わりに小麦、卵アレルギーのお願いをした長野の中山志瑛名と言います。その節は大変お世話になりました。予定通り27日の11時30分頃4人で伺います。ご迷惑をかけますがよろしくお願いします。あっ!あと大変すいませんが一人が病気で松葉杖です。できれば入り口近くの座敷でなくテーブル席をお願いできませんか?本当に僕だけでなく無理を言ってすいません…当日は遅れないようにいきます。お忙しい時間と思いますがよろしくお願いします。失礼します」っと言って電話をしていました。もちろん僕らは何も助言はしていません。生まれつき病気と付き合っていると、他の人のこともきちんと気遣える人間になります。小学校3年生くらいから必ず彼はお世話になったお店にお礼状も欠かさず書いています。本当に嬉しかったから、そして感謝の気持ちと、またお世話になるかもしれないからなんだそうです。
最近、僕は彼から学ぶことが本当に多いです。それはじつに嬉しいことです。

そんな修学旅行を意識していたこの数ヶ月、同じようなお客様が何組か来店され予約をしていかれました。
一組は魚アレルギーで魚が一切ダメなお客様
魚そのものだけでなく、魚から取った出汁などもダメでした。
今回私が幹事で職場の友人の送別会でどうしても主役が「ヒロッシーニさんがいい」ということでお願いに
「私の料理が厳しければ幹事ですが欠席しても構わないので」っと…

一か月も前からの予約、しかも営業時間をさけてわざわざ来店されてのお願い、そして難しいそうなら私は出れなくても構わない
これを聞いたら、どんな無理をしてもやってあげようと思います。
送別会当日、本当にみんなが楽しそうに宴会をしていました。

もう一組は息子さんが来店して
「どうしてもおばあちゃんの誕生日会をヒロッシーニさんでやりたい、でもばあちゃんは車椅子、お店がご迷惑でなければ、おばあちゃんをおんぶしてあがります。テーブルも車椅子なので他のお客様の邪魔にならない席で構わないですから」っと
このお客様もわざわざいらして事前のご予約だったので、個室をご用意してタカシマも階段を手伝い、素敵な誕生日会になりました。

そんな反面、先日ビーガン…?完全ベジタリアン…?
よくわからない方から忙しい営業中にお電話がありました。
「明日4人でそちらに行こうと思うけど、一人だけベジタリアンなんだ、僕らはホームページに書いてある4200円のコースでいいから、それと同じようなベジタリアンコースをやってくれる?一人だけでいいから」…っと
そして電話を出ていたタカシマが「その方は乳も卵も一切ダメですか?」っと尋ねると「そう野菜だけ、お宅野菜のお店なんでしょ!一人分だけでいいんだからできないの?」

…当然御断りをしました。
断ったには色々と理由はありますが、来店して頭を下げて予約してくれなかったからではありません。
1カ月前でも御断りをします。僕はお金を払えば出てくる自動販売機ではありません。心を持って料理を作っています。

先に書いた、僕はそういう環境でずっと料理を作り、レストランを経営しています。食物アレルギーの人に無理矢理食べさせたりはしません、事前にわかれば出来る限りのことはしたいと思っています。
ただ、横柄な態度のお客や安易に好き嫌いの多い人は正直嫌です。食物アレルギーがなく食べられること、自分の足と意思で自由に食事に来れること、当たり前に思うかもしれませんが、とても幸せなことなのです。それにあなたに嫌われてる食材に罪などありません、その食材の命を僕らは頂いているのです…。

最後になります。
修学旅行の3つ目の問題点
バスの中で食べるお昼のお弁当
どうしてもお弁当屋さんが一つだけ代替えは作れないと旅行会社に電話が入りました。
この修学旅行を担当してくださった添乗員さんはわざわざヒロッシーニまで来て、今日セブンイレブンでシエナ君が食べれそうなおにぎりを買って包みを持ってきてくれました。「すいません、中身は僕がお昼ごはんに食べてしまったんですが、成分表を見てもらえますか? 大丈夫そうなら僕が当日ホテルの近くのコンビニで買って2日間用意しますから」
…全てのおにぎりがシエナが食べれるおにぎりでした。
僕はそのご好意に嬉しすぎて、思わず泣いてしまいました。
今回この添乗員の方には本当にお世話になりました。
そして、この2泊3日の修学旅行で息子が思い出に残る旅行のために、ご足労をおかけした全ての皆様に本当に心から感謝いたします。
良い思い出のためにありがとうございました。 

        中山弘

Condivisione felice...Share on FacebookTweet about this on TwitterPin on PinterestShare on Google+Email this to someone
次の記事 | 前の記事